パラノイアの第 1 版は 1984 年に刊行されました。この年はジョージ・オーウェルの小説「一九八四年」の設定年であったため、それを当て込んだ各種の企画がありました。マイケル・ラドフォード監督の映画「1984」や、ユーリズミックスの「セックスクライム(1984 年)」(映画のサウンドトラックミュージックですが、実際の映画の中では使用されていないのがアルファコンプレックス的です)などです。間に合わなかったものもありました。テリー・ギリアムの映画「未来世紀ブラジル」は 1985 年に公開されました。パラノイアはギリギリでしたが間に合ったようです(Space Gamer 誌 71 号〔1984 年 11 - 12 月〕にはパラノイアの全面広告が載り、翌 72 号〔1985 年 1 - 2 月〕にはパラノイアが特集されています)。パラノイアの初版発売から 40 年以上が過ぎました。長いあいだ続いたものは、何であれ伝統と革新の対立が生まれます。よき伝統は守るべきですが、社会の変化に対応すべき場合やより便利なアイデアに道を譲るべき場合もあります。パラノイアも同じです。
パラノイア第 1 版のアルファコンプレックスは、驚くほど現在のアルファコンプレックスに似ていました。ドームと地下都市によって構成されたメガロポリスには、現在とまったく同じ 8 つのサービスグループがあり、市民は現在と全く同じウルトラバイオレットからインフラレッドまでのカラークリアランスによる階級制度で管理されていました。ばかばかしくも恐ろしい官僚制度の頂点には、善意に満ちているもののパラノイア(偏執症)なザ・コンピューターが君臨し、プレイヤーはトラブルシューターとして常識で考えれば成功するはずのないとんでもないミッションが与えられます。すべてが同じです。
もちろん変化もあります。第 1 版刊行時のアルファコンプレックスはザ・コンピューター紀元 194 年で、その後は基本的には毎年 1 年ずつ年が増えていましたが、 XP 版(2004 年刊)では 214 年に固定されました。固定とは 214 年の最後の日の翌日は 214 年の第 1 日になるということです。この結果アルファコンプレックスのあらゆる組織(サービスグループや秘密結社から少人数の同好会まで)を悩ませていた年次計画の未達成という問題は完全に解決されました。この暦法は現在も守られています。
各市民が 6 体のクローンを持っているのはすべての版で同じですが、第 1 版、第 2 版(1987 年刊)の時代には 6 体のクローンは同時に誕生し、トラブルシューター任務についているクローンが死亡するとただちに他のクローンが任務を引き継ぐという方式でした(私はひそかに「おそ松くん」システムと呼んでいました)。これは交替クローンを登場させるのに時間がかかるアルファコンプレックス外の遠隔地ミッションに大きな困難を生じさせました。たとえばミッションシナリオ「Clones in the Space(宇宙のクローン)」では、各トラブルシューターの 5 人のクローンファミリーが、いつでも交替できるように宇宙まで同行しました。 6 × 6 の 36 人チームですが、行動できるのは 6 人だけで、後の 30 人は静かに待機しています)。 XP 版では(正確にいえば第 2 版の後期シナリオの一部から)クローンが死亡すると前任者の記憶を持った交替クローンが新たにデカントされるという新方式に切り替えられ、遠隔地ミッションには簡易型クローンタンクを持っていけるようになりました(便利ですが地味なので、アウトドアミッションでは大陸間クローン弾道弾で交替クローンを撃ち込むことを好む GM もいます)。
プレイヤーキャラクターが下から 2 番目のレッドクリアランスのトラブルシューターとしてレッドレーザーを乱射するのも第 1 版と同じです。コーンライフルもプラズマ発生器もニューロウィップ(神経鞭)も第 1 版からありました。ただしリフレック防具はちょっと違っていて、各リフレックは対応するカラーのレーザーだけを防御しました(ブルーリフレックはブルーレーザーにしか効果がありません)。マルチカラー対応のリフレックもありましたが、ルールブックにはマルチカラー対応リフレックは各カラーの混合色になるとあり、例としてレッドとブルーのレーザーを防御するリフレックはパープル(バイオレットではありません)になると説明されていました。ジョークかもしれませんが、ルールをまじめに理解しようとしている GM には過度の負荷を与えます(私はいまだにイエローとブルーに対応するリフレックをグリーン以外の何と呼べばいいのか思いつきません)。第 2 版でリフレックが現在と同じものに改良されて GM たちはほっとしました。
第 1 版のトラブルシューターチームにはチームリーダーはいましたが、 MBD (強制ボーナス任務)はありませんでした。 MBD は第 2 版ではじめて登場しその後も受け継がれました。ただし、変化もあります。コミュニケーション&レーコーディング(C&R 、通信および記録)オフィサーは、コムユニットと呼ばれる通信器を使って、ザ・コンピューターやブリーフィング担当官と連絡する重要任務を割り当てられていました。 C&R オフィサーが「ブリーフィング担当官(あるいはザ・コンピューター)はこう命令した」といえば、ほかの通信手段で確認できない限り、チームリーダーは C&R オフィサーに従うしかありませんでした。
この状況は XP 版(2004 年刊)で劇的に改善されました。全クローンに持ち運び可能で誰とでも交信できる PDC(パーソナル・デジタル・コンパニオン)が与えられ、チームリーダーは近くの公衆電話を探す必要がなくなりました。 PDC は電話のほかにはカメラとアドレス帳とスケジュール管理機能がある程度の旧式の携帯でしたが、我々の世界の二つ折り携帯には装備されていない便利な自爆機能があり、すべてを失ったトラブルシューターは最後の手段として PDC を手榴弾として使用できました。しかし、アルファコンプレックスにおいても、情報テクノロジーの進歩は止まることを知りません。リブーテッド版(英語 RCE [Red Clearance Edition] 版、 2017 年刊)では、クローンの脳に大脳コアテックと呼ばれる高機能スマートホンが埋め込まれ、クローンの視野には、他のクローンの名前、そのクローンの信頼状態を表示する反逆スターが表示され、そのほかにもルート案内をする誘導矢印や、トラブルシューターが見るべきではないものを視野から隠すモザイク表示などの多くの機能が組み込まれました。もちろんビデオショー動画を見たり、ゲームをしたりすることもできます。ただし自爆機能は組み込まれていません。よかったですね。
こうした通信記録システムの改良に伴いリブーテッド版では C&R オフィサーは廃止されましたが、今回の版ではネット社会の発展に伴い、もっぱらトラブルシューターミッション(の楽しく非機密の部分)を市民に提供するメディアオフィサーとして復活しました。メディアオフィサーが偽情報や陰謀論やヘイトスピーチでアルファコンプレックスに混乱と危険をもたらすことはないとザ・コンピューターは確信しています。
アルファコンプレックスの最大の敵はコミュニストでした。 1984 年はまだ米ソの冷戦が続いていた時代です、アメリカ人の偏執狂的な共産主義恐怖と、ソ連の硬直した官僚主義的共産主義は、どちらもパラノイアの格好の風刺対象でした。ところが、パラノイアにとっては大変困ったことに、 1991 年にソビエト連邦が消滅してしまいました(1984 年の H・G・ウェルズ賞〔オリジン賞〕をパラノイアと同時受賞した第 3 次世界大戦後の混乱した世界を舞台とする「Twilight: 2000」はもっと大変でした)。共産主義がなければ共産主義恐怖もありません。確かに中国共産党は頑張っていますが、これを共産主義といってよいかはかなり疑問です。XP 版ではアルファコンプレックスを中国型の資本主義/社会主義混合経済にすることが試みられましたが、この試みは必ずしもパラノイアプレイヤーたちの心をとらえることはできませんでした。
そういうわけで 2017 年のリブーテッド版では、アルファコンプレックスの最大の敵はテロリストに変更されました。しかしながらこの変更もまたパラノイアプレイヤーの心を捉えることはできませんでした。おそらくその最大の理由は、テロリストのキャラクター性の不足でしょう。イスラエルとハマスは互いに相手をテロリストと呼び、ロシアとウクライナも同様です。これでは「テロリスト」どんなもので何をすればいいのかわかりません。しかしパラノイアのコミュニストが何をするのかは明白です。厚い毛皮の服(おそらくフェイクファー)を着てロシア民謡を唄いコサックダンス(ウクライナ起源ですが気にしないでください)を踊りウォッカと称する液体を飲むのです(詳細については「人民の栄光ある革命的冒険 [The People's Glorious Revolutionary Adventure]」〔ニューゲームズオーダーから PDF 版が発売中のシナリオ集『フラッシュバックス [PARANOIA: Flashbacks JP]』に掲載〕をお読みください)。そういうわけで新版ではコミュニストがアルファコンプレックスの主敵として復活しました。
かなり複雑だった第 1 版のコアシステムは第 2 版で大幅にスリム化され、忘れられた第 5 版(1995 年刊)で全面的に簡易化され、XP 版で再び全面的に改訂されました。25 周年版(2009 年刊)は、XP 版とほぼ同じでしたが、リブーテッド版で三度目の全面的な改定がおこなわれました。今回の新版はいくつかの変更がありますが、ほぼリブーテッド版に準拠しています。
リブーテッド版のコアメカニズムは、何個かの 6 面ダイスを振って 5 か 6 の目を成功ダイスとし、成功ダイスの合計数が、GM が決めた〈困難度〉と同じかそれ以上あれば成功というシンプルなものです。このやり方は新版でも踏襲されましたが、戦闘に関する部分でいくつかの修正があります。
まずトラブルシューターは全員が〈銃器〉+2 のスキルを持つことになりました。これで〈銃器〉がマイナスの悲惨なトラブルシューターはいなくなりました(レーザーを実質的に使えないトラブルシューターがいなくなるのはとてもよいことですが、〈銃器〉も〈接近戦〉もマイナスのトラブルシューターがレーザーピストルを〈投擲〉したり、敵にむかって全力疾走してぶつかる〈運動〉をしたりする光景が見られなくなるのはちょっと残念です)。
次にリブーテッド版では攻撃に成功してもそれだけではダメージは与えられず、〈困難度〉プラス 1 の成功ダイスでダメージ 1 が与えられていました。命中しただけではかすり傷でダメージを与えるにはもっと華々しい成功が必要という考え方はそれなりにもっともらしく、この考え方は XP 版以来の伝統でもあるのですが、戦闘でなかなかダメージが与えられないプレイヤーにストレスを与えていました。新版では単純明快に〈困難度〉と同じ成功ダイス数ならダメージ 1 になりました。
またリブーテッド版ではカードでキャラクターの行動の順番(行動順位)を決めていましたが、新版では、ザ・コンピューターが最初に行動し、以下クリアランス順にウルトラバイオレットからインフラレッドまでが行動し、同じクリアランスのクローンは同時行動となりました。ただし、トラブルシューターはロールするダイス数を 1 マイナスすることで 1 つ上のクリアランスと一緒に行動できます。リブーテッド版で採用されたカードは廃止されましたが、デザイナーはカードとそのルールを使いたい人は使い続けてくださいといっています。
カードと並ぶリブーテッド版の特徴に〈気力度〉システムの導入がありました。このシステムは、基本的には PC の行動を有利なものにするためのリソースで、〈気力度〉ゼロはこのリソースの放漫な使用に対するペナルティです。XP 版や 25 数年版の横車ポイントの強化版といえます。〈気力度〉はダイスロールに影響を与えますが、リブーテッド版ではダイスの追加(あるいはふり直し)だった効果が、新版では直接ダイスの目の変更することになり、1〈気力度〉の効果は 3 倍に強化されました(ダイスが 1 個増えても成功ダイスが出る確率は 3 分の 1 ですが、失敗ダイスを成功ダイスにするなら確実に 1 成功ダイスが増えます)。リブーテッド版ではこのほかミュータントパワーの使用にも〈気力度〉を使用していますが、新版では、これに加えてサービスグループと秘密結社から〈恩恵〉(これまでの版では「好意」と呼ばれていたものです)を獲得するにも〈気力度〉が必要となりました。このため GM による PC の〈気力度〉管理の重要性は増大しています。
今回の新版はリブーテッド版ときわめて似ていますが、ほかにもいくつか変更点があります。
キャラクターの性別は廃止されました。私たちはこの点には少々疑問を感じています。性別不明の主要キャラクターをロールプレイするのは大変です。できなくはありませんが、たいてい怪しげなキャラクターになります。新版のコアブック掲載シナリオでも実際には「彼」や「彼女」を使用することで主要 NPC の性別を示して GM のロールプレイを助けています。 GM にはデザイナーのいうことなど気にせずに、主要 NPC の性別を決めてロールプレイすることお勧めします。プレイヤーキャラクターの性別を決めるか、あるいは性別なしでロールプレイするかはプレイヤーにまかせましょう。
かつてのトラブルシューターミッションは、いずれかのサービスグループに所属するクローンが臨時に任命されるものでしたが、リブーテッド版では、トラブルシューターはどのサービスグループにも所属しない例外的存在となりました。確かにトラブルシューターミッションはサービスグループの仕事とは全く別のものであり、しばしばサービスグループと対立します。トラブルシューターをサービスグループから切り離すのは、組織運営上は適切ですが、しかしアルファコンプレックスで適切な組織改革がおこなわれてよいものでしょうか? 否です。新版では、トラブルシューターは各サービスグループからの臨時の出向者に戻り、所属するサービスグループの一員として恩恵を受けられるようになりました。ここで注意すべき点は、トラブルシューターに所属サービスグループから秘密の命令を与えられる可能性も復活したということです。サービスグループからの命令はこの版ではルール化されていませんが、GM は秘密結社からの命令(秘密目標)と同じやり方でサービスグループからの秘密の命令をトラブルシューターに与えることができます。
キャラクターの性格を示す三つの形容詞は廃止されました。三つの形容詞はプレイヤーが意識してうまく使えば面白いのですが、プレイヤーはほかにもいろいろ忙しいので、時として完全に忘れ去られます。新版のデザイナーはプレイヤーの記憶力に見切りをつけて性格を廃止し、そののかわりにキャラクターを反逆的行動と暴力的行動に駆り立てる 2 つのボタンを定めました。ボタンに示された状況が生じれば、トラブルシューターは反逆的あるいは暴力的な行動をしなければなりません。PC が自発的に適切な行動をすれば〈気力度〉2 ポイントが与えられます。GM から指摘された場合も同様に行動しなければなりませんが、その場合は〈気力度〉のボーナスはありません。これで〈気力度〉が欲しいプレイヤーはボタンのことを忘れないようになるでしょう。
リブーテッド版では、通貨であるクレジットが廃止されて XP ポイントで置き換えられました。XP ポイントの使用はザ・コンピューターの管理下にあるため、アルファコンプレックス経済の基幹であるワイロが危機に瀕しましたが、当初からルナマックス洗浄剤などの代用通貨が使用され、その後は寄付の活用によって問題は解決されましたが、新版では XP ポイント移転の理由説明も不要になったので、XP ポイントは通貨とまったく同じものになりました。ただし説明のやり方はリブーテッド版のままです。クローンは自分に何かを寄付してくれたクローンに感謝の XP ポイントを寄付します。割り当てられたボランティア奉仕を一定時間おこなったクローンは、定められた一定の感謝の XP ポイントを受け取ります。(とはいうもの仕事や売買を全部他の言葉で置き換えるのは大変です。特に価格とか賃金とか労働者といった語句は置き換えが困難です。新版のコアブックにはそうした単語がたくさん出てきます。私たちは何とか別の言葉で置き換えられないかとかなりの時間をかけて検討しましたが、無理だという結論に達しました。)
パラノイアでは GM はダイスロールをしません。リブーテッド版でこの原則が確立されました。ただしリブーテッド版のデザイナーはやや弱気で、GM がどうしてもダイスロールをしたいなら、それでいいといっていました(GM ハンドブック 18 頁)。新版には GM のダイスロールについての説明はまったくありません(ただし新版の英語版サプリメント「パラノイア共犯ブック [Paranoia Accomplice Book]」には説明があります)。大丈夫です。あなたがプレイヤーのダイスロールを活用して自信をもってマスタリングをする限り、GM が NPC の行動結果を決定するための負担は、ややこしいルールとダイスを使って NPC の行動結果を決める負担を下回ります。
前回のパラノイアリブーテッド版に続いて今回の版も翻訳することになりましたが、正直にいえば、前回に比べればずっと楽でした。リブーテッド版は訳していていろいろ疑問点が出てきましたが、新版には疑問はほとんどありませんでした。1 点だけ、〈気力度〉を使ってダイス目を変更する場合で、ダイス数が 1 個とか 2 個とか少ない場合には、成功ダイスを場にあるダイス数以上に増やすことはできないのだろうかという疑問がありました。メインデザイナーのマクガフィン氏に質問しようかとも考えたのですが、GM が決めればいいという返事が返ってくることがほぼ確実なので止めました。訳者としての助言は、ダイス数が少ないときには、GM が特別の配慮として仮想ダイスを認めてもかまわないでしょう(もちろんルールにないといって認めなくてもかまいません)が、プレイヤーにはいつでもそれが認められるわけではないと念を押しておくことをお勧めします。そうしないとプレイヤーが連合して 5(1 人が一度に使える〈気力度〉の上限)× 6 人で 30 個の成功ダイスを生みだす危険が生じます。もちろんGMには〈困難度〉を 31 にする権利がありますが、6 人が連合しようとする動機を与えるのは望ましくありません(もちろんあなたが一回のダイスロールで PC たちから 30 ポイントの〈気力度〉をだまし取ろうとする邪悪 GM なら話は別です。どうぞご自由に)。
最後に残念なお知らせをしなければなりません。本書は高梨俊一と白河日和の共訳ですが、白河日和は初稿がほぼ完成した 2024 年 11 月 6 日に死去いたしました。白河は、『パラノイア【トラブルシューターズ】』の校閲/翻訳協力を始め多くの 25 周年版刊行物を校閲し、『ミスターバブルス』を共訳しました。パラノイア【リブーテッド】版では、コアルールのほか『信じがたい指令』、『イエロークリアランス・ブラックボックス・ブルーズ・リミックス』、『4 eDecks in 1 : 拡張カード電子ファイル4種セット』などの共訳をおこないました。その上、セマンティクス・コントロール(※XP 版のサービス企業の 1 つで、セマンティクス違反〔提出書類の誤字、通信でのタイプミス、構文、文法、スペルミス、そのほかのあらゆる文章上のミス〕を発見し、違反者に罰金を請求します)として私およびニューゲームズオーダーの編集者から恐れられていました。今回の新版の訳文にいつもより誤りが多かったとしたら、白河日和が校正・編集作業にかかわれなかったせいだと思ってください。そう考えていただければ彼女も喜ぶでしょう。
高梨俊一