翻訳者より皆様へ

はじめに読んでください! (ルールブックを読む順番について)

本ゲームのルールを読むに当たっては、

  1. アルファコンプレックスガイド(日本語版では「アルファコンプレックスガイド&プレイヤーズハンドブック」前半部)
  2. プレイヤーズハンドブック(日本語版では「アルファコンプレックスガイド&プレイヤーズハンドブック」後半部)
  3. ゲームマスターズハンドブック (ゲームマスターのみ)
  4. ミッションブック (本当にゲームマスターのみ!)

上記の順番でお読みください。必ず最初にアルファコンプレックスガイドを読んでください。早くルールを読みたいという気持ちはわかりますが、最初にアルファコンプレックスガイドを読まないとルールで使われている言葉の意味がわからないでしょう。これは、既にこれまでのパラノイアをご存じのベテランプレイヤーの方も同じです。アルファコンプレックスガイドにはこの版での重要な変更点が説明されています。パラノイアのベテランゲームマスターはその後、すぐにミッションブックを読んでもいいでしょう(ミッションブックにもそう書いてあります)。また、初心者のゲームマスターも、プレイヤーズハンドブックやゲームマスターズハンドブックがわかりにくければ、ミッションブックを先に読んでもよいでしょう。ミッションブックを他の本と照らし合わせながら読めば、パラノイアのゲームがどう進行し、ゲームマスターが何をするのかが、具体的にわかります。

パラノイアのセッションにプレイヤーとして参加する方は、ゲームマスターズハンドブックとミッションブックは読まないでください。その方がセッションを楽しめます。どうしても読みたいなら、ゲームマスターズハンドブックはこっそり読んでください。ゲームマスターズハンドブックは、クリアランスレベルバイオレットに指定されています。これはプレイヤーであるあなたがこの本を読む資格がないことを意味します。「クリアランス」とは何かを知らないという言い訳は通用しません。ゲームセッション中に「ゲームマスターズハンドブックにこう書いてある」なんて反逆的知識を口に出したらゲームマスターに処刑されます。読んでいないふりをしてください。

〔パラノイアのベテランプレイヤーの皆様へ:今回は、この「ゲームマスターズハンドブックを読むな」は、必ずしも反語表現ではありません。いずれこっそり読んでしまうであろうことは変わらないにしても、ミッションブックに収録されている[機密]という名のミッションをプレイヤーとしてプレイするまでは、ゲームマスターズハンドブックを開かないでいることをおすすめします〕

ミッションブックは、セッションを実施するゲームマスター(GM)以外の方は本当に読まないようにしてください。読んでしまうと、ミッションを楽しむことができなくなります。ミッションブックはクリアランスレベルウルトラバイオレットに指定されています。「ウルトラバイオレット」とは何かわからないかもしれませんが、「バイオレット」よりも「ウルトラバイオレット」の方がより機密性が高く重要で危険かもしれないということは理解できるでしょう。その通りです。ゲームマスターはあなたのゲームセッションへの参加を拒否するかもしれません。絶対に読まないでください。

はじめてパラノイアのルールを読む皆様へ

パラノイアのプレイヤーは未来の封鎖された地下都市アルファコンプレックスのトラブルシューターを演じます。トラブルシューターについては後で説明があります。「アルファコンプレックスガイド」は、みなさんのキャラクター(プレイヤーキャラクター、略してPCと呼ばれます。本書のPCはパソコンではなくみなさんが演じる登場人物のことです)が活動するアルファコンプレックスのガイドブックです。ゲーム世界は、アルファコンプレックスを支配するザ・コンピューターとその奉仕者からの新人トラブルシューターへのレクチャーという形で説明されます。このやり方は、他の卓上ロールプレイングゲーム(TRPG)でも時々採用されますが、パラノイアでは、この方針が徹底しています。ガイドはあなたが生まれたときからはじまります。とても楽しいですよ。

ただし、一つ注意しなければならない点があります。

残念なことにアルファコンプレックスを支配するザ・コンピューターは、強度の偏執症《パラノイア》であり、正気じゃありません。ザ・コンピューターは自分がこうだと信じているアルファコンプレックスを説明します。しかしコンピューターは時々、いや、しばしば間違っています。これから説明されることは真実ではない場合があります。本書でのアルファコンプレックスの説明が本当に正しいかどうかはあなたがゲームマスターにならなければわかりません。数回プレイを重ねれば大体のところはわかりますが、気をつけてください。その知識を示すことは反逆です。

したがって、あなたは注意深く本書を読む必要があります。本書にはさまざまな貴重な真実とザ・コンピューターの妄想が書かれています。あなたはこの二つを慎重に区別しなければなりません。

まず、アルファコンプレックスはザ・コンピューターが信じているようなユートピアではなくディストピア、つまり絶望的な管理社会だという前提ですべてを解釈してください。ザ・コンピューターやその奉仕者たちは都合の悪いデータを削除したり、もったいぶったあいまいな表現で隠したりします。本書の[削除済]部分にはあなたが想像もできないような悲惨な事実が書かれていると推定してください。大丈夫です。あちこちにヒントがちりばめられています。あなたが本書を丸暗記するのでなく、考えながら読むなら、何が正しい事実で、何がザ・コンピューターの妄想なのかを区別する事はそう難しくはありません。それに、はじめて本書を読んだ方がわからなかったり、誤解しそうだったりする点については訳注がついています。全部じゃありません。あなたがとまどいそうなところだけです。「※」が訳注です。それ以外の「注記」や「*(原注)」は原文にあるものです。

あなたは訳注を全部読まないという選択もできます。他の卓上RPGは、ゲーム世界がよくわからないと、プレイしても楽しくありません。しかしパラノイアでは、ゲーム世界がわからないことが楽しさを生みます。これは初心者しか味わえない楽しみです。あなたが「自分がとまどい混乱する」ことを楽しみたいと思うなら、この選択をお勧めします。

もう一つ注意して欲しい点があります。

アルファコンプレックスでは正しい知識も重要ですが、ザ・コンピューターの妄想も同じように重要です。あなたがアルファコンプレックスの正しい現実しか知らないとしたら、あまり長く生きのびることはできないでしょう。ザ・コンピューターの妄想を無視したり疑ったり否定したりすれば、反逆者として処刑されます。あなたはザ・コンピューターの妄想の世界と現実の世界の両方を理解し、ザ・コンピューターの妄想の世界を信じるふりをしながら、現実の世界に対応した行動を取らなければなりません。つまりジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』に出てくる「二重思考《ダブルシンク》」※を実際にマスターし、実際に使わなければならないのです。わかりましたね。

【※『一九八四年』内の書物『寡頭制集産主義の理論と実践』(エマニュエル・ゴールドスタイン著)によれば、「二重思考とは、二つの相矛盾する信念を心に同時に抱き、その両方を受け入れる能力をいう。」(高橋和久訳 ハヤカワepi文庫版328頁)】

うーん、すばらしいですね。ゲームに思想がありますね。ただし、初心者にとっては、ここから1つの問題が派生します。本書はパラノイアのルールブックですから、当然「プレイヤーはこれこれのことをしなければなりません。」とか「トラブルシューターはこれこれのことをしてはなりません。」といった表現がたくさんあります。

2つの場合があります。

ゲームシステム上のルールであり、あなたはゲームを楽しむために、そのルールを守らなければなりません(キャラクター作成ルールとか行動ルールとかです。私たちの世界でいえば自然法則のようなものです)。

アルファコンプレックスの規則であり、あなたがそれを守らなければ反逆者とされる危険がありますが、守るともっと危険だったりします。ミッション中の上司やザ・コンピューターの指令やクリアランス関連の規則などですね。私たちの世界でも法律は守らなければなりませんが、違反者は常に存在します。

たいていの場合、この2つは簡単に見分けられますが、中にはどちらかわかりにくいものもあります。ベテランプレイヤーはこの区別ができますが、初心者はとまどうこともあるでしょう。どうしてもわからなければゲームマスターに聞きましょう。もしかすると反逆者として即時処刑されるかもしれませんが、それはあなたにパラノイアを理解させようとする、ゲームマスターの愛のムチです。

もう一点、本書の原文は冗談とダジャレと二重の意味を持つ表現《ダブルミーニング》で溢れています(ライターは、本書にはたくさんのジョークとウソがあるといっています)。単純にルールを理解するだけなら、全部削除した方がわかりやすいのですが、それではパラノイアの楽しさが失われてしまいます。可能な限り日本語化し(〇〇あるいは××と正反対ないしまったく無関係のことが続けて書いてある場合は、たいていの場合、二重の意味を持つ原文を二度訳したものです)、わかりにくいものや訳せないものは註をつけましたが、どうしても翻訳できなかったネタもあります。もちろん訳者が見逃したネタもたくさんあると思います。少々読みにくい部分もありますが(明らかにわざとややこしく書いている部分や、わかりにくい契約書のパロディなどでは訳文もわかりにくくしてあります)、パラノイアのルールブックの楽しさを知るための負担と考えて納得してください。

ベテランプレイヤーの皆様へ

本書を含むこのセットは、PARANOIA (mid 2017) RED CLEARANCE EDITIONの全訳に、GUIDE TO ALPHA COMPLEXの全訳(つまり本書)を加えたものです。ただし、サプリメントブックACUTE PARANOIA(late 2018)(以下「アキュートパラノイア」)によって行われたルール改定を反映している箇所が多数あります。

ちなみにパラノイアの世界は永遠にコンピューター暦214年です。え、194年じゃないか? それは歴史浄化される前の間違ったデータです。ただちに消去してください。さて、ご存じのようにアルファコンプレックスには歴史がありません。え、第1版や第2版にはアルファコンプレックスの歴史が書かれている? ですからそれは歴史浄化されて記憶穴に放りこまれた古い存在しないデータなんです! とにかく古い版のことはさっさと忘れてください。特に以下の点に注意して、間違った知識はすみやかに忘却してください。何でしたら記憶除去剤《メモゴー》の処方を申請してください。


■コンピューターはザ・コンピューターです!

この版の翻訳では、基本的には25周年版の訳語を踏襲していますが、原文自体の変更と可読性の向上と訳者のきまぐれのためにいくつかの訳語が変更されています。アルファコンプレックスを支配するコンピューターは、英語版では第1版以来、定冠詞「ザ」がついた大文字の「The Computer」と表記されています(厳密にいえば、25周年版はThe Computerですが、今回の版ではthe Computerです)。日本語25周年版は、日本語翻訳の慣例に従ってTheを取って「コンピューター」と訳し、The Computer以外のcomputerは区別のために「電子計算機」または「電算機」と訳しています。今回の訳では、the Computerは「ザ・コンピューター」と、それ以外の普通のcomputerは「コンピュータ」と訳しています。「ザ」はアルファコンプレックスを支配しているコンピューターですよという注記と考えてください。「ザ」のない「友人《ゆうじん》コンピューター」あるいは「友人《フレンド》コンピューター」「親愛なるコンピューター」「我が友コンピューター」「我らが友コンピューター」といった表現も認容されます。「友人コンピューター」等の表現はすべて固有名詞です。ザ・コンピューター以外に「友人コンピューター」が存在すると考えることは反逆です。


■アルファコンプレックスの敵は「テロリストでミュータントな反逆者」です!

コミー(共産主義者)はどうしたって? ご安心ください。秘密結社コミュニストはちゃんと存在しています。しかし反逆者の右(いや左か?)代表ってわけではありません。アルファコンプレックスには歴史がありませんが、私たちの世界には歴史があります。パラノイアの第1版が発売された1984年にはまだ米ソの対立が続いており、多くのアメリカ人の最大の恐怖の対象はコミー(共産主義者)でした。しかしソ連が消滅し9.11テロを経験した現在、多くのアメリカ人がもっとも恐れるのはテロリストです。つまり、そういうことです。マンガやTVのヒーローが敵を倒してしまったら、話を続けるためには次の敵を創り出すしかないでしょう? わかってやってください。(本書の原著者のひとりであるグレッグ・コスティキャンは、2004年版でコミーをテロリストに変えようかとも考えたが、9.11テロの記憶があまりにも生々しかったため、その時点では変更しなかったと語っています。)


■もうPDC(パーソナルデジタルコンパニオン)はいりません!

繰り返しになりますが、アルファコンプレックスには歴史がありませんが、私たちの世界には歴史があります。パラノイア第1版が発売された1984年には、まだ携帯電話は普及していませんでした。したがってトラブルシューターたちは固定端末や無線機でザ・コンピューターと連絡を取っていました。2004年版では、スマートフォンに似たPDCが導入されました。さて、今回のパラノイアでは、トラブルシューターの通信問題は抜本的に改善されました。アルファコンプレックスの全市民には「大脳コアテック」システムが組み込まれています。トラブルシューターは頭の中で考えるだけで、ザ・コンピューターと話したり他のクローンにメールを送ったりできるのです! 念のために付け加えますが、装備や通信回線の不調や破壊工作があった場合や、Wi-Fiが通じないデッドゾーンにいる場合には、いままで通り通信不能になりますからベテランゲームマスターはご安心ください。また、大脳コアテックに付属するアイボールシステムによって、トラブルシューターが見たものはそのままザ・コンピューターに送信できるようになり、マルチコーダーの撮影機能も代替されました。


■MBD(強制ボーナス任務)は(少し)変わりました!

トラブルシューターにMBDが与えられることに変わりはありません。ただし、MBDの種類は、チームリーダー、ロイヤリティオフィサー(忠誠担当官)、ハピネスオフィサー(幸福担当官)は今までと同じですが、エクイップメント・ガイがエクイップメントオフィサー(装備担当官)に名称変更され、ハイジーン・オフィサーに代わって、衛生だけでなく、科学的調査とチームメンバーの身体的健康を担当するサイエンスオフィサー(科学担当官)が置かれ、C&Rオフィサーがなくなり(通信および映像技術の完全性の向上によって不要となったのでしょう)、かわりにコンバットオフィサー(戦闘担当官)が追加されました。


■アウトドアはアウトサイドです!

市民、アルファコンプレックスの外部世界はアウトサイドです。パラノイア第1版ではアウトサイドになっています。第2版から25周年版まではアウトドアと書いてあった? ミッションブックの「ホワイトウオッシュ」は、第1版時代からアウトドアだった? この版にもアウトドアと書かれている場合がある? その通りです。この版のルールブックのライターたちはアウトサイドで統一しようとしましたが、パラノイアのシナリオライターの中には頑固にアウトドアを使い続ける人もいます。旧版から移植したときの見落としもあります(イラストのキャプションなんかですね)。訳文をどちらかに統一しようかとも考えましたが、原文通りに訳すことにしました。したがって、本書の大部分では外部世界はアウトサイドですが、時々アウトドアも混じっています。どちらも同じことです。2018年に刊行されたアキュートパラノイアでもそう説明されています。この版の基本用語はアウトサイドですが、ベテランGMがアウトドアを使い続けたければどうぞご自由に。


■もうクレジットに悩む必要はありません!

理想的な共産主義社会が実現すれば貨幣は消滅します(とマルクスはいっています)。アルファコンプレックスは断じて共産主義社会ではありませんが、理想的な社会です。もはやクレジットは必要ありません! MEカードの管理やクレジットハックに悩む必要はなくなったのです! あなたはクレジットの代わりにXPポイントを使用できます。XPポイントは装備の購入だけでなく技能の習得にも使用でき、それどころか十分なXPポイントを獲得すれば、昇格することさえ可能です! (これまでもクレジットをうまく使えば昇格できましたが、昇格へのクレジットの利用は「賄賂」と呼ばれていました。賄賂は反逆です。しかしXPポイントを使っての昇格は賄賂ではありません。胸を張って堂々と昇格してください。)


■反逆は情報公開されます!

これまであなたは自分の反逆ポイントを知ることができませんでした。しかし慈愛溢れるザ・コンピューターは情報公開に踏み切りました。キャラクターの忠誠評価は0個から5個までの反逆スターのマークでプレイヤーキャラクターの眼球内《イン=アイ》ディスプレイに常時表示されます。反逆スターが1個も無ければ善良な市民です。5個になれば処刑すべき反逆者です。過ちによって反逆的行為をおこなったキャラクターは、反逆スターを与えられたことを知り反省できます。そしてすばらしいことにトラブルシューター(そしてイントセックのスパイや、ごろつき《グーン》たち)は各市民の忠誠評価をいつでも知ることができ、もっとすばらしいことに5個の反逆スターを持つ処刑すべき反逆者は全市民が知ることができるのです。反逆者に死を!


このほかにも、大脳コアテックのさまざまな機能をはじめとする、あなたとあなたのキャラクターにとって便利な(そしてゲームマスターとザ・コンピューターとイントセックによる処刑にとって便利な)システムの導入によって、完全なアルファコンプレックスはさらに完全なアルファコンプレックスになりました。完全なザ・コンピューターに賞賛を!

ゲームルールが大好きな皆さんに

さて、最後にルール大好き《ルールジィ》なみなさんへの助言です。

多くの卓上RPGでは、GMはルールに従いダイスの目を尊重し、やむを得ない場合以外は独断で物事を決定してはならないとされています。パラノイアでは、GMはできる限りダイスロールをせず、可能な限り独断で物事を進め、自分では判断できない場合(GMとして自分の至らなさを反省すべきです)や、自分で決めるまでもないささいでどうでもいいこと(たとえば戦闘でPCが生きるか死ぬかなど)だけ、ダイスに従います。

一部の卓上RPGではGMは神ではありません。ルールが神でありGMはこの神に仕える神官です。もしかしたらそれは楽しいのかもしれません。信仰上の問題をとやかくいうつもりはありません。しかし、パラノイアでこのような考え方をすることは、決定的に間違っています。パラノイアではルールはGMの道具の1つであり、GMの支配者ではありません。パラノイアのGMがルールに従おうと努力することは無意味です。GMの決定に便利なら使い、GMの考えと異なれば無視する。それだけです。ハサミはとても便利な道具でいろんなものを切ることができますが、刺身をつくったり大木を切り倒したりするには不向きです。ルールをそういうものと考えてください。卓上RPGの目的は楽しいセッションをすることで、ルールに従ったセッションをすることではありません。もしかするとルールを厳密に適用すればするほど、楽しいセッションがおこなえる卓上RPGがあるかもしれません。しかし、パラノイアはそういうゲームではありません。

パラノイアのルールはGMに多くを任せます。版を重ねるにつれどんどんそうなっています。25周年版では移動ルールが廃止されました。これで1ターンのうちに敵を攻撃できる場所までたどりつけるかどうかを知るために距離を計算する必要がなくなりました。今回の版では「射程」もなくなりました(目標地点にたどりつけるかとか射撃が可能かどうかとかを考えるのが面倒だと思ったGMはプレイヤーにダイスロールを命じます)。

この版では、GMは原則としてダイスロールをしません(プレイヤーはダイスロールをします)。戦闘でもそうです。パラノイアでよくあるPC同士の撃ち合いでは、PCたちはダイスロールをします。しかしNPCとの戦闘ではGMはダイスロールをしません(もちろん万能のGMは望むならダイスロールをすることもできます)。PCが戦闘中にダイスロールに失敗すれば、失敗の程度に応じてペナルティを受けます。GMは戦闘中のペナルティの多くをPCの失敗の程度に応じたダメージとして判定します。PCが逃亡しようとした場合も、隠れようとした場合も、失敗すればダメージを受けます。NPCが奇襲をかけて来た場合も同じです。GMはPCが奇襲を受けたといえばいいのです。PCは何か行動するでしょう。ダイスロールさせましょう。行動に失敗すれば奇襲は成功し、PCはダメージを受けます。PCが成功したか失敗したかは、プレイヤーのダイスロールで明らかになります。その成功や失敗をどう表現するかはGMに任されています。

そういうやり方はGMの負担を増やすんじゃないかって? 違います。GMに負担を与えているのは卓上RPGの膨大なルールです。ルールが神だという誤った強迫観念《パラノイア》を捨ててください。何が起きるかを常識とその場の思いつきで表現してください。それは他の大部分のRPGのGMたちが、ためらいながらやっているのと同じことです。パラノイアのシステムは、何が起きてもうまくいくようにデザインされています。プレイヤーは、自分のキャラクターが殺されても気にしません。ミッションが失敗しても小さく肩をすくめるだけです。GMがいっていることが、プレイヤーが閲覧できるルールと異なっていても気にしません。どうせ秘密結社かハイプログラマーの陰謀か、あるいはザ・コンピューターのちょっとした障害です。

とはいうものの、パラノイアのこういったやり方は、卓上RPGをはじめてプレイする初心者GMや他のRPGのベテランGMをとまどわせるかもしれません。本書にはこのようなGMのみなさんのため、日本語版独自の※印の日本語版注記と解説がたくさんついています。こういった解説や注記はパラノイアを自分の考えで発展させようとするGMの楽しみを奪い、望む方向とは別の方向にミスリードする危険があります。訳者は著者の考えを伝えればよく、訳者自身の考えを伝えたければ自分で本を書くべきだというのは正論です。しかし著者の考えを正しく伝えるには、原文を直訳するだけでは不十分な場合もあります。本書についていえば、私たち訳者はかなりの数の読者にはそのような説明が必要だと考えました。おそらくパラノイアをすでによくご存じの読者はおせっかいな訳者が出しゃばりすぎるうっとうしい翻訳だと感じられるでしょう。逆にまだまだ説明不足でもっとくわしく解説すべきだと思われる読者もいるでしょう。本書の注記や解説は、1つの妥協策です。妥協策は誰にとっても不満足な点を残す解決策ですが、私たちはこれ以上の解決策を考え出すことができませんでした。ご理解ください。

翻訳方針の変更について

今回の版の翻訳では、旧版と翻訳の方針に下記のような違いがあります。

  • 25周年版の翻訳で多用していたルビは、ほぼ全廃されました。読み仮名を振る場合は、ルビではなく、既に出てきている通り《》記号を使います。
  • ルビの廃止に伴い、一部の用語については、読み方が変更されます。例えば、25周年版で「奉仕《サービス》」と訳されていたserviceは、今回の訳では単に「奉仕」です。
  • そのほかにも、英語版では旧版から変更のない用語であっても、訳語が変更されたものがあります。たとえばIntSec(イントセック)の正式名称は、25周年版では「内務公安局」でしたが、今回の訳では「内部公安部門」です。
  • 可能な限りアルファベットは用いず、仮名に開いた表記を用いるようになっています。たとえばIntSecは「イントセック」と表記されます。
  • 旧版から変更された主な訳語について、以下にリストアップします。

コンピューター ⇒ ザ・コンピューター

電子計算機 ⇒ コンピュータ

奉仕《サービス》 ⇒ 奉仕

食料樽《フードバット》 ⇒ 食料槽 (その他、「バット vat」は通常は「槽」と訳します)

廊下《コリドー》 ⇒ 廊下 (「廊下」と言えないような広さの場合、適宜別の訳語を用います)

日期《デイサイクル》 ⇒ 日期 (ルビ削除。「月期」等も同様)

戦闘《コン》ボット ⇒ 戦闘ボット (ルビ削除。「○○ボット」類は原則全てルビ削除)

放弾器《スラグスロワ》 ⇒ 放弾器

藻屑《アルジー》チップス ⇒ 藻屑チップス

アーマー ⇒ 防具

傀儡師《パペッティア》 ⇒ パペッティア《人形つかい》

軍部局(Army) ⇒ アーミー(軍事部門)

中央処理省(CPU) ⇒ CPU(中央処理部門)

住環境精神統制局(HPD&MC) ⇒ HPD&MC(居住環境保全開発および精神統制部門)

内務公安局(IntSec) ⇒ イントセック(内務公安部門)

生産搬送配給局(PLC) ⇒ PLC(生産搬送配給部門)

動力局(Power) ⇒ パワー(動力部門)

研究設計局(R&D) ⇒ R&D(研究設計部門)

技術局(Tech) ⇒ テック(技術部門)