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著者インタビュー

以下は、「PARANOIA: Troubleshooters」の1000部限定版「BLACK MISSIONS」付録DVDに収録された著者インタビュー。

Dan Gelber, Greg Costikyan, Eric Goldberg, Allen Varneyの4名ぶんのインタビューが収録されています。(Allen Varneyへのインタビューについては後ほど公開の予定です)


Dan Gelber ダン・ゲルバー


【「パラノイア」の最初のアイデアの提出者。パラノイア以外のゲームの制作にはあまり携わっていない模様ですが、2003年の「Marvel Universe RPG」には共著者としてクレジットされています】


親愛なるコンピューター:
御機嫌よう、サイコ市民。プローブを貴方の苦痛耐性限界にあわせて調整していますので、少々お待ちください…完了しました! お待ち頂きありがとうございます。準備はよろしいですか?

ダン・ゲルバー:
御機嫌よう。質問票が送られてきていませんでしたが。何故でしょう。そのせいで今いくばくかパラノイア的になっています。

コンピューター:
貴方はゼロ番目の反逆者、「パラノイア・ロールプレイングゲーム」として知られる反逆的プロパガンダの最初の製作者として認識されています。これが如何にしてもたらされたのか、説明してください。

ゲルバー:
私の名前はダニエル・S・ゲルバーで、パラノイアの最初の製作者です。そしてグレッグとエリックのおかげで、みなさんが今これを目にしているというわけです。私は1970年(代?)にロールプレイングゲームの世界に入り、1974年に「ダンジョンズ&ドラゴンズ」システムへ乗り換えたのですが、これに慣れることは全くありませんでした。

コンピューター:
最初のパラノイア・キャンペーンは出版されているゲームとどう違ったのですか?

ゲルバー:
パラノイアを回す際に見落とされがちな点として、コンピューターは常にフレンドリーなものとして描写されなければならない、というものがあります。私は、コンピューターの言葉を必ず「何なりとお申し付けを」で始めていました。何なりとお申し付けを、どのようなご用件でしょうか、そして次に続く言葉は、その情報は制限されています、です。それで、そんな質問をしてくる奴は共産主義者に決まってますから、調査が入るわけです。

コンピューター:
貴方は間接的に、極めて、極めて、極めて多くの不運なトラブルシューターの苦痛に満ちた死に関与しています。これら貴方の犠牲者に対して何か言うことは?

ゲルバー:
パラノイアは、私のゲームにおいてあまりに多くのプレイヤーが基本的に死なず、ゲームを支配してしまっていた、という事実にインスパイアされています。パラノイアの要点は、新入りや力の弱いキャラクターをプレイしているプレイヤーであっても、他のどのプレイヤーでも、ゲーム中最も強力なキャラクターを演っているプレイヤーでも、殺せるということ、そしてしばしば実際に殺しているということです。これほど大量のクローンが用意されていること、新キャラクターを作らないといけないとなったらゲームを完全に止めてしまうこと、その本当の理由というのは、大量のクローンを提供することによって他のプレイヤーをずっと殺しやすくなること、すぐに他のキャラクターでゲームを再開できるということで、あともう一つの理由は、新キャラクターを作るのにゲームを中断する必要がないからです。

コンピューター:
我々が貴方を処刑する前に、パラノイアについて共有しておきたい記憶はなにかありますか?

ゲルバー:
エリックとグレッグがパラノイアの原稿が詰まった巨大な箱を持って戻ってきたときのことは、今でも覚えています。私のメモはごくシンプルなものでした。私はゲームをごくシンプルなものにしておきたかったんです。何だかすごいものに育ってしまい、そのせいで私はいくばくかパラノイア的になりました。

コンピューター:
市民、貴方の協力に感謝します。処刑を受けに出頭してください。

ゲルバー:
処刑して頂いてありがとうございます。パラノイアについて、本当にありがとうございます。このプロジェクトにおいて、グレッグとエリックは、本当に凄いものでした。なお、ここで触れておきたいことがあるんですが、貴方は今これを聞いた以上いまや反逆者であり、直ちに報告が上がって処刑されるでしょう。



Greg Costikyan グレッグ・コスティキャン


【70年代後半から80年代中盤を最盛期とするSF/ファンタジーゲームのジャンルにおいて、最も著名なデザイナーの一人。ボードゲームの代表作に「シーボイガンを喰った怪獣(1979)」「バーバリアン・キングス(1980)」「バグ・アイド・モンスター(1983)」「パクス・ブリタニカ(1985)」など。RPGでは他に「トゥーン(1984)」「スターウォーズRPG(1987)」など】


親愛なるコンピューター:
告白室へようこそ。センサーを直視してください。発音は明瞭にお願いします。叫ばないように。貴方のご協力に感謝します。記録のため、貴方の名前、および「パラノイア・ロールプレイングゲーム」として知られる反逆的プロパガンダと貴方との関係について述べてください。

グレッグ・コスティキャン:
私の名前はグレッグ・コスティキャンで、パラノイアの共著者です。なぜ貴方が私にこのような愚かな質問をしているのか理解できません。御機嫌よう。

コンピューター:
Internal Security(内務公安局:IntSec)の最善の努力にも関わらず、パラノイア・ロールプレイングゲームが25年期経過後いまだ人口に膾炙している理由を説明してください。

コスティキャン:
最初の出版から25年が経った今もパラノイアが人々の関心を集めているのは、明らかに、この世界がさらにパラノイアな場所になっているからでしょう。

コンピューター:
貴方がボットになるとしたら、どの種のボットがよろしいですか?

コスティキャン:
ボットになるなら、MMOのボットになって、一部のプレイヤーに本物の競争というものを提供したいですね。

コンピューター:
ロールプレイングゲームの未来とは何でしょうか?

コスティキャン:
ロールプレイングゲームの未来は他の全てのホビーと同じで、時の経過の中、新しい才能を迎え入れるという仕事がうまくいかず、ついには絶滅するでしょう。これをプレイする人々と同様に。

コンピューター:

認識に関する貴方の質の悪い力については記録しました。我々が貴方を処刑する前に、パラノイアについて共有しておきたい記憶はなにかありますか?

コスティキャン:
ふむ、私の信じる限り、パラノイアついての有りうる記憶というのは反逆的ですから、すでに広まっているものと思います。

コンピューター:
市民、貴方の協力に感謝します。処刑を受けに出頭してください。

コスティキャン:
ああ、違う、私はなにもやってないんだ、これは誰か他の奴がやったことで、それに、彼女のお腹の中には赤ちゃんが…



Eric Goldberg エリック・ゴールドバーグ


【インタビューにもあるとおり、SPI社でゲームデザイナーおよびデベロッパーとしてキャリアを開始した後、80年代にはWest End Games社にてR&D部門ヴァイス・プレジテントを務め、同社の黄金期を支えました。ゲームデザイナーとしても、ウォー・シミュレーションゲームやRPG「Dragonquest(1980)」、ボードゲームとゲームブックを融合させた「Tales of Arabian Nights(1985)」など、幅広い著作があります。】


親愛なるコンピューター:
御機嫌よう、市民。おくつろぎ下さい。この尋問は傷跡が残らないようになっています。記録のため、貴方の名前、また、パラノイア・ロールプレイングゲームとして知られる反逆的プロパガンダと貴方との関係について、述べてください。

エリック・ゴールドバーグ:
親愛なるコンピューター、パラノイア・ロールプレイングゲームとして知られる反逆的プロパガンダへの関与に対するリハビリテーション開始の機会を私にご提供くださり、ありがとうございます。この反逆的プロパガンダはパラノイアXP、パラノイア初版、パラノイア2版など様々な形で知られていますが、決していかなる時もパラノイア5版などというものではありませんでした。私はこのパラノイア・ロールプレイングゲームの共同デザイナーです。ご協力ありがとうございます。

コンピューター:
貴方はよく知られた破壊分子であるダン・ゲ・ル・バーおよびグレッグ・コ・ス・ティ・キャ・ンと共に、パラノイアの最初の版について責を負っています。この反逆的陰謀への貴方の関与について説明してください。

エリック:
親愛なるコンピューター、これは全てダン・ゲルバーの責によるもので、もしそうでなかったとしたら、グレッグ・コスティキャンの責によるものであります。遡って1970年代、ダン・ゲルバーはダンジョンズ&ドラゴンズ・ロールプレイング・グループの一員で、私はそこのプレイヤーの一人でした。ダンは最も才のあるゲームマスターの一人で、彼はストーリーテリング的なものをより楽しんでいました。
一方、彼は何人かの、より競争的なプレイヤーの相手もする必要がありました。私がそのプレイヤーの一人であったことをここに懺悔と共に告白しますが、しかしこれはあくまでもコンピューターにご奉仕する中でのことだったのです。そううして我々は、競争的なプレイヤーを互いに戦わせる、パラノイアと呼ばれるものの素地を思いついたのです。
私はこの状況に没頭し、彼のメモを貸してもらえないかと頼みました。彼はピザの染みの付いた10頁か11頁の鉛筆書きのメモを渡してくれました。ペパロニだったかプレーンだったかオニオン&ペッパーだったかは記憶していません。ですがアンチョビが入っていたことは間違いありません。私は、共にサイエンスフィクション・ロールプレイングゲームを作り上げた同僚である……失礼しました、遂に実を結ぶことのなかったサイエンスフィクション・ロールプレイングゲームの概要を共に作り上げた同僚である、グレッグ・コスティキャンに、このメモのことを話しました。しかしこれは、私がリハビリテーションを終えて回復した暁には極めて興味深い話になるでしょう。Teela-O-Malley ショーで世界に向けてお話する日を楽しみにしていますよ。
そして私達はダンに、これを本式なゲームシステムにしてもよいか尋ねました。ダンは構わないと答え、そしておよそ10ヶ月後、私達が手渡した275頁の原稿を見て唖然とし、我々に言いました。「何だこれ?」そして私達は答えました。「パラノイア・ロールプレイングゲームだよ」もはや彼は、我々がこの文書を出版するのを止めることはできませんでした。少なくともこの点において、彼には寛大な処置が下されるべきものであります。

コンピューター:
何がパラノイアを触発したのですか?

エリック:
親愛なるコンピューター、貴方のコア・メモリ・ダンプにかけて誓いますが、パラノイアを触発したものについて私の差し上げる回答は公明かつ正大なものであります。これはダン・ゲルバーが図書館で……、申し訳ありません、これは違うゲームでした。私があまりに競争的で反省の色を見せなかったものですから、そのことへの対応策として彼が思いついたのです。個人的には、パラノイアに関して、初版のデザイナーズノートに記されているMike Rocamoraのことも批難するものであります。いずれにせよ、このことが、あるいはこれを咀嚼した後にできたものが、インスピレーションと何らかの関係を持っていることでしょう。

コンピューター:
貴方はロールプレイングゲームにどれほどの期間にわたって関与していますか?

エリック:
私がロールプレイングゲームを始めたのは…ええと、私がどれほど長く関与していたか、でしたでしょうか? グレッグ・コスティキャンが私をサイエンスフィクションの書店に連れて行き、そこで茶色い箱に白いカバーの変な小さいゲーム、ダンジョンズ&ドラゴンズを紹介したのが始まりでした。以降、私の十代の無為な青春はダンジョンズ&ドラゴンズのプレイに費やされ、トラベラーなどへも広がっていきました。SPI社がロールプレイングゲームのラインを立ち上げた時に、私はロールプレイングゲームを職業にすることを始めました。SPIはアバロンヒル社と共に、1970年代の偉大なる二つのウォーゲーム会社のうちのひとつです。

私のものした最初のゲームはコマンドーというもので、これはミニチュア戦闘ゲームでした。その後、SPIの最初の本式のファンタジーゲームであるドラゴンクエストに取り掛かりました。そして私はウェストエンドゲームズのR&Dを乗っ取り、そこで作った最初のロールプレイングゲームがパラノイアです。この原稿はグレッグと私が最初はVictory Gamesという会社に持ち込んだもので、やり過ぎということでそこでは却下されたのです。幸いなことに、【雑音により聞き取り不能】そのような蒙昧な意思決定は誰もできませんでした。そうして、私は職業として30年間、ロールプレイングゲームに関与しています。

コンピューター:
おお、私はロールプレイングゲームと言ったでしょうか? 私は共産党と言いたかったのです。回答の修正をお望みですか? 告白の変更は反逆であることにご注意ください。

エリック:
我々は常に東アジアと戦争状態にあります。我々は常に…共産党は常にそこに存在しており、そこにはロールプレイングゲームが存在したことはありません。コンピューターがそう言うのであり、コンピューターは私の友人です。

コンピューター:
貴方への削脳療法を始める前に、パラノイアについてとりわけ共有しておきたい記憶はありますか?

エリック:
記憶とは完全かつ完備な告白の婉曲表現だと考えます。そして私は急いで親愛なるコンピューターのお誘いに応えましょう。共有したいと考えている記憶はいくつかあり、これはそのなかで最も小さいものというわけではないですが、我々がこれをリリースした最初の年、West End Gamesの管理職がGenConに初刷を届けるためのブースを予約するのを怠っていたので、我々は背中合わせの2つのブースを使わざるを得なくなりました。また我々には、貴方が望める最良のGMであり最良の【聞き取り不能】であるKen Rolstonがいたのですが、D&Dを取り扱っていた人々が彼に情報を求めたら、Kenはセキュリティクリアランスの部分を全て朗読したのです。Kenは彼らの世界が反転するのを目撃したような様を目にしたわけです。
その日の終わりに我々は100部を送ったのですが、初日の金曜早くに売り切れてしまいました。追加で150部、在庫の全てですが、これを空輸しました。日曜の朝までには、これも売り切れました。ダンジョンズ&ドラゴンズの出版社であるTSRのR&D長がこのゲームを必死に欲しがったので、我々は彼に後で送ることを約束したのですが、彼はどうしてもすぐ遊ぼうと最後の1部を買うことにこだわっていました。
もう一つお気に入りのエピソードはもっと前のもので、West End Gamesのアートディレクターに原稿を最初に読ませたときのことです。ある時点で彼は笑いで椅子からずり落ちそうになり、「こんな可笑しなものだとは言っていなかっただろう。ただ興味深いロールプレイングゲームとしか聞いていなかったぞ」と。
私がおそらく共有したいと思っているのであろう三番目の記憶は、「オークバスターズ」をまたGenConに出し、皆がD&Dパラノイアをがっちりと大々的に遊び始めたときのことです。これは私の職業人生において最も楽しいプロダクトの一つでした。今や親愛なるコンピューターが私の職業人生を終了させようとしている以上、私が今こう言ったんだと、記録のためにはっきりさせておきたいのです。

コンピューター:
ご協力ありがとうございます、市民。処刑場への出頭をお願いします。

エリック:
無尽蔵の【聞き取り不能】を持っていれば、ごめんなさいなどという言葉は必要無いのですよ。良い一日を、親愛なるコンピューター。